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「ねんねこ家」のフレンドリー部門担当? 左からチョビ、タクヤ、サンキチ

老舗猫カフェが“老猫見守り場”に転身
あらためて問うペットの命の重さ

(YAHOO!ニュースより)

 

 「(運が良ければ)猫に会えるかもしれないカフェ」。平成5年に店主の久芳美英さんが自宅をカフェとして開放して以来、このスタンスで25年、営業を続けてきている。

猫が「接客」をするいわゆる「猫カフェ」とは違う。一般的な猫カフェではドリンク料などを支払って一定時間、猫と触れ合うことができるが、久芳さんが営む「ねんねこ家」(東京都台東区谷中)は、猫が人を楽しませる店ではなく、あくまで猫の生活空間の一部にお邪魔させてもらうという店なのだ。

そんなのんびりとした雰囲気の「ねんねこ家」がある出来事をきっかけに営業スタイルを変える決意をした。いまは「老猫(病)見守りカフェ」として営業し、2018年末には閉店するという。

猫の街・谷中で猫のいるカフェとして25年

 店主の飼い猫が自宅の一角にあるカフェ空間に自由に出入りするため、カレーやパスタといった軽食やおやつ付の抹茶などを楽しんでいると、ふいに猫が膝にのってきたりする。かと思えば、猫が全くいないときもある。猫カフェではないのだから、それでいいのである。

客の中には、猫に会えるかもしれないチャンスを狙って訪れる人もいれば、「ねんねこ家」特製のコクのあるカレーや店にいる猫たちを模した猫饅頭目当てで訪れる人もいる。

 もともと「ねんねこ家」は、愛猫を亡くした飼い主の写真からその愛猫の記念像を創るアート空間としてスタートした店だ。カフェ・レストランではあるものの、久芳さん自身が「カオス」と表現する店内には、所せましと久芳さん製作の猫アート作品が置かれている。こうしたアートワークのファンも多く来店する。

「ねんねこ家」といえば、猫のいる町として知られる谷中では知らない人はいない有名店だ。むしろ、エリアを地域猫の町として広く知らしめた張本人かもしれない。今でこそ猫カフェや猫雑貨屋、猫アート店などが多く点在する谷中だが、「ねんねこ家」はその元祖といえる。

 猫尽くしの店内は居心地がよく、ランチを食べた後、デザートを注文し、さらにドリンクも追加しては長時間滞在し、猫とのコミュニケーションを楽しむ客も少なくない。初めての来店なのに、猫のいるお茶の間のような店内に入った瞬間、思わず「ただいま~」と言ってしまう客もいるという。

台湾の雑誌の表紙に「ねんねこ家」の写真が使われるなど、海外にも多く紹介されており、様々な国の人たちが「ねんねこ家」を目指して谷中を訪れる。海外に住んでいるのに常連さん、という人もいるほどだ。

「ねんねこ家」の店主、久芳美英さん
 
「老猫見守りカフェ」を宣言

 そんな谷中の顔でもある「ねんねこ家」が、来年、25周年という節目の年に、幕を下ろすことになった。
久芳さんは語る。

「私も店とともに年を重ね、ここで一緒に暮らし、成長してきた猫たちの多くが年をとってきました」

四半世紀の歴史の中で、「ねんねこ家」にはたくさんの猫たちの姿があった。久芳さんがもともと飼っていた猫もいれば、飼い主さんを亡くした猫を引き取ったり、野良が出入りするうちに久芳さんの飼い猫になったりした。「猫に優しいカフェだから」と思うのか店先に捨てていかれた猫、一時預かりした猫、店で生まれて里親さんを募集した猫……、たくさんの猫たちを迎え、見送ってきた。椿事から楽しいこと、不思議なことまで、「ねんねこ家」には猫たちとの思い出がぎっしり詰まっている。

昨年推定25歳のミクロを、この夏20歳のマサヒロを見送った「ねんねこ家」には現在、21歳のタクヤを筆頭に、18歳のサンキチ、10歳のミチコ、9歳のチョビ、8歳のチヨコ、7歳のシンジロウが暮らしている。

 きっかけは、最高齢のタクヤがお客さんの膝の上で粗相をしてしまったことだった。

それ以前から痴呆が始まり、営業中に雄たけびを上げるようになっていたタクヤ。カフェエリアに入れないという選択肢もあったが、タクヤにとってそこも自分の住む家の一部だ。どうしてもカフェエリアに来てしまうし、お気に入りのその空間をタクヤから奪うことは久芳さんにはできなかった。

対策を考えるうちに、粗相事件が起きてしまった。被害に遭ったお客さんは、「ねんねこ家」のことも猫たちのこともよく理解してくれている常連さんだった。快く謝罪を受け入れてくれたものの、店としては、まして飲食店としては決してあってはならないことだ。

久芳さんは決意した。店を閉めることを。ただ、急に方向転換はできないし、終焉に向けての準備を進めることにした。そこでまず、店内やホームページなどに、今後の「ねんねこ家」のあり方を掲示し、理解を求めることにした。閉店までの間、老猫の「見守りカフェ」として運営していく方針を示したのだ。

〈ねんねこ家は二十五周年に当たる二〇一八年で幕を閉じます。(中略)猫達の高齢化、特にタクヤ(二十歳、当時)の痴呆による夜鳴き朝鳴き、失禁が近年激化、お客様にトラブルが発生するようになりました。後一年余りは、通常営業致しますが、ネコカフェ的なご利用目的のお客様には当店は、益々ご満足頂けないと思います。残りの営業は【老猫(病)見守りカフェ】として営業致しますので、ご理解の上のご来店をお願い致します。(後略)〉

強気である。極端な言い方をしてしまえば、理解してもらえないなら来てくれなくてもいいよ、ということだ。実際、こうした状況を説明したところ、入店を諦めた客もあった。

それでもかまわないと、久芳さんはいう。猫たちは客を喜ばせるためにいるのではない。ここが居場所だからいるだけなのだ。ならば、それを理解してくれる人だけに客になってもらいたい。

ヒーターの前を陣取るサンキチ

久芳さんと一緒に猫たちを見守っていきたいという客は残った。海外からの言葉の通じない客でも状況を理解し、老猫を温かく見守ってくれていることに久芳さんは感動を覚えたという。猫カフェではない「ねんねこ家」に、真の猫好きだけが残ったのだ。

「ミクロに次いでマ~ちゃん(マサヒロ)が亡くなったことも、かなり大きかったです。ああ、猫達も年を取ったし、私も……残りの人生は猫達との時間を優先させたいと思ったんです。店として異例の告知でしたが、本当に猫たちを愛してくれる人達が来てくれる場所になって、逆にこれでよかったと思っています」

見守りカフェとしての役目を終えた後には、原点回帰で世界中から谷中と猫とアートを愛する人達が集うようなアート空間に戻そうと久芳さんは考えているそう。

命を預かるということ 問題もある保護猫カフェの現状

 最近は猫カフェと一口にいっても随分変わってきている。行き場のなかった猫たちの譲渡も兼ねた保護猫カフェも増えた。しかし、どれだけの店が猫たちの行く末までを考えて運営しているのか、疑問に思うことがある。

高級品種や子猫ばかりを取りそろえた猫カフェは、その猫たちが年老いたとき、どう対処するのだろうか。保護猫カフェで譲渡されずに残ってしまった猫が年老いたとき、どうするのか。

数年前、東京都内の猫カフェが閉店した際、猫の処分に困って保健所に飼い猫として持ち込もうとしたケースがあった。

今年6月には、鹿児島県にある猫カフェの経営者が、店内に猫を置き去りにしたまま行方不明になるという事件が発生。発見当時、13匹の猫はかろうじて生き残っていたが、4匹はすでに息絶えていたという。

鹿児島県をはじめ、猫カフェの動物取扱責任者に自治体主催の研修会の受講を義務付けるなどの対策をとっている自治体もあるが、拘束力はない。経営破綻などによる飼育放棄を防ぐ手立ては実質的にはないのが現状だ。国や自治体、第三者機関によるチェック機能がないまま、責任者のモラル頼みになっている。

チョビ、タクヤ、サンキチの3匹は特に、カフェスペースがお気に入りだ

 

 一方で、譲渡型保護猫カフェはどうだろうか。筆者がボランティアをする団体のシェルターに最近、2匹の成猫が引き取られてきた。元飼い主が一身上の都合により、どうしても飼えない状況に陥ったため、手放すことになったという。元飼い主はその2匹と保護猫カフェで出会い、里親になった。しかし、手放さなければならなくなった際、その保護猫カフェに相談をすると、一旦譲渡した以上、返却はできないといわれたため、引き取ってくれる団体を探したのだという。

保護猫カフェからすると、レンタル気分で猫の里親になり、都合が悪くなれば戻されるという事態を防ぎたかったのだろうと思われる。しかし、人生何が起こるかは誰にもわからない。万が一、引き取ってくれる団体や個人がいなければ、飼い主が保健所に連れて行ったり(お金を払えば飼い猫でも保健所が引き取ることもある)、捨てたりする可能性を保護猫カフェは考えないのだろうか。譲渡してしまえば後は知らない、とでもいうのだろうか。それで「保護」の名を冠しているとは、いかがなものか。

 これはあくまで一例だが、里親がいつまでも見つからない猫だっているかもしれない中、責任をどれほど感じているのか。

こうした事例を目の当たりにし、猫カフェやそれに準ずる店が、命を預かることの重みをどれくらい感じているのか、考えさせられる。そんな中で見た「ねんねこ家」の一風変わった決断に、一猫好きとして感じ入るものがあるのである。

 

(取材・文・写真:平松温子)

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